ヨーロッパアルプス合宿(登山)報告

> 2001・7/26〜8月22日        K.O 記

1.登山期間 平成 13年 7月26日(木)〜8月22日(水)

2.参加者数8名 他ゲスト2名(Wさん、Sさん) 参加期間

    7月26日〜8月 5日 I夫妻
    7月26日〜8月17日 Y、N
    7月26日〜8月23日 O
    8月 1日〜8月15日 M
    8月 3日〜8月17日 IWA
    8月 3日〜8月23日 Z

  7月27日にサースフェーに入ってから、8月2日までは天候に恵まれた。特にマッターホルン登山中は上天気であった。

  残念ながら登頂を念願していたIさんは体調不調のため、途中下山となり登頂できなかった。

  残雪は例年以上であった。その後、8月3日からは天気が悪化し今回の主要目標の一つであったモンテローザ縦走はできなかった。

  1週間程は天気がぐずぐずしていたが晴れ間を見ながらあちこちのサース周辺の山を登った。レンツシュピッツ東北東稜からナーデルホルン縦走はルートも明瞭で2〜3級程度の快適な岩稜であった。

  ナーデルホルン頂上ではガスに巻かれ展望を得ることができなかった。

  シャモニに移動した10日からはようやく天気快晴となり、11日から12日にかけてモンブランからミディまでの縦走を行った。

  シャモニではたった1日だけであったがロジェールのキャンプ場に泊まった。

  ここをベースにシャモニ周辺の山を登った頃を懐かしく思い出した。

  丁度知り合いのクライマーが2人来ており情報を貰った。この間の悪天で山は真っ白になっており、新雪が30cm程積もっているので気を付けるようにアドバイスを貰った。

  彼らもまったく動けずにいた。しかし、翌日からは風が強かったが快晴となり再び天候に恵まれた。

  ミディまでの縦走は雪が多かったが、かえってクレパスが埋まっており安心できた。

  2日後にチューリッヒから帰国する他のメンバーと別れ、私とZさんの2名はイタリア側からモンテローザを目指した。

イタリア紀行の概要

  シャモニからモンブラントンネル経由でイタリアへ入る予定が2年前の事故からずっと閉鎖されていたため、8月14日にシャモニからスイスに戻り、ブリークからシンプロントンネルを抜けてドモドッソラ経由でイタリアのアラーニャにたどり着いた。

  シャモニ発8時43分、乗り継ぎの連続でアラーニャには20時過ぎに着いた。ホテル、民宿はすべて満員。8月の半ばの週は日本同様にイタリアもバカンス休暇最盛期で、これとかち合ってしまった。

  しかし、親切な現地のイタリア人の案内でパストーレ小屋に22時に到着、何とか寝床にありつけた。小屋まで僅か高度差200mなのに、全装備を担いでいるので登りが大変であった。

  しかしたどり着いたパストーレ小屋は温水シャワーもありロッジ風の素晴らしい小屋であった。結局、モンテローザをスイス側から縦走する計画の中でWさんが提案していた山越え下山ルートの宿泊予定の小屋に泊まる羽目になった。

  登る途中マクニャーガの街へ越える峠まで3時間半と記載された標識があった。   翌日、要らない荷物を小屋に預け、アラーニャの村まで降り、ロープウェイでプンタ・インドレンまで至り、スキー場を横断してニフティ小屋まで登った。

  天気が下り坂で、この日のうちの頂上往復を提案したが、Zさんが疲れ気味なので小屋に宿泊することにした。小屋はほぼ満員の状態であった。

  案の定15日の夜には雨が降り出した。しかし出発の早朝雲が切れ始め、僅かの間の晴れ間を利用してモンテローザの頂上の一つであるシグナールクッペ(4556m)の頂上に立つことができた。

  頂上に着いてびっくり。何と頂上小屋は避難小屋ではなく営業小屋であった。この高さの頂上に営業小屋があるとは驚きであった。

  下山を始める頃には天気がすっかり悪化したが、スイス側への下山ルートや、もう一つの最も高いピークであるディフェールスピッツへ至るルートなどを望見でき、次回の登山ルートを十分に偵察できたことは収穫であった。

  イタリア側からスイス側への縦走を次回は是非実現させたいと決心を新たにした。クレパスが開く前の5月頃であればスキー縦走も可能であろう。モンテローザからの下山はアラーニャの村までリフト、ゴンドラで直接降りずにハイキングコースをたどってパストーレ小屋に降りた。

  このトレール周辺は素晴らしい所であった。結果往来であるが、パストーレ小屋にこの日も泊まる予定にしておいて良かった。

  この日は解放された気分も手伝い小屋でゆっくりと、そしてたっぷりフルコース料理を食べた。

  翌16日はアラーニャからチェルビニアへ移動した。あいにくチェルビニアは雨でイタリア側からマッターホルンの全容が見えなかったのが残念であった。

  翌17日にかすかにガスの中に全容をとらえることができた。この日はプラトーローザまでロープウェイで上がり、スキー場を経由してツェルマットに下山した。

  再びツェルマットの雑踏に戻って来た、という印象が強かった。今回だけでも3回目の訪問となった。

登山記録(以下は高さ4000m以上の山の記録です)
7月29日〜30日、マッターホルン O、Y、I(3450mまで)
8月1日、アラリンホルン O、Y、I夫妻で一般ルートから登頂。
W、S、Nでホーラープ稜から登頂。
8月2日〜4日、モンテローザ 悪天で敗退。
8月4日、アラリンホルン M、IWA、Zで一般ルートから登頂。
8月5日〜6日、レンツシュピッツ東北東稜〜ナーデルホルン O、N
ナーデルホルン M、Y、IWA、Z、一般ルートから。
8月7日、アルプフーベル O、N、Mでアラリンホルン側から登頂。
8月9日、バイスミース  O、N、Y、M、IWA、Z
8月11日〜12日 モンブランからミディ縦走 O、N、M、Y
8月15日〜16日 モンテローザ(イタリア側から) O、Z

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