現代ヨーロッパ登山事情

日程 2001.7.26〜8.17                                報告 K.N

  一昨年に、初めてヨーロッパアルプスに登り、昨年はインドヒマラヤに遠征、いくらなんでも、この夏は、日本の山で沢登りでもと、思っていましたが、仲間が、次々とヨーロッパの計画を口にしだすと、やっぱり、オレも行くわ!と言ってしまい、後は、職場に、家族〈妻はどこに行く時も反対しないが〉にどう説明しようかと、山に行くことより、その事の方で、頭が一杯になってきました。

  海外というものは、なれるもので、若いときにネパールやインドに行った時もそうでしたが、一度、経験すると度胸もつくし、また新たな経験をしてみたくなるものです。今度来る時は、あの地、あの山にと思いを馳せます。3回のヒマラヤの旅の後、しばらく途絶えていましたが、10年前にモンゴルに始めてツァーで参加しました。壮大なモンゴルだったのに、ツァーのせいか、印象が薄く、団体旅行のつまらなさを経験しました。

  しかし、語学ができない者は、海外が億劫になります。行く度に今度行く時までにせめて英語位、少しは喋れるようになろうと決意してかえるのですが日本に戻ってしまうと忘れてしまいます。

  ザースフェーの街並み

  今回は、直前でしたが、少しだけ英語に挑戦して出かけました。結局、スイスやフランスでは母国語でなく、ベースはアパートを借りての生活で買い物は日本と同じスーパーで、どうかすれば、一言も喋らずに済んでしまいます。 それに観光ではなく登山が目的ですので、日本の山でもあまり喋ることがないのに海外であればなおさらです。せめて挨拶ぐらいと、グーテンモルゲンとか、ボンジュールになってしまいます。道を譲り合っても、ダンケ、メルシーで済みます。

若い女性のメルシーは心地好く耳に響きます。飛行機は、今回も若さに物を言わせ、少々時間もかかるが、安いチケットで南回りのバンコック経由チューリッヒ行きです。往復13万円弱です(28年前のカトマンズ行きが20万円でした)。

前回はツェルマットにベースを置きましたが、今回は隣の谷のザースフェーにアパートを借りました。   ヨーロッパアルプスは4000m峰が150座あります。全部登るには生涯かけるか、生涯かけても無理かもしれません。 日本の山のように100名山なぞといって登っている人がいるかもしれませんが、莫大なお金と時間が必要でしょう。

  我々の旅費は飛行機代を含めて、一昨年の2週間の滞在が25万円、今回3週間で30万円でした。 今回はシャモニーに移動したり、山小屋泊(1泊4500円位)が多く、アパートと2重払いになっています。 ちなみに滞在中のスイスフランが現金手数料込みで1フランが75円、フランスフランが17円強でした。

  結構物価の高いスイスにあって、スーパーで買うびんビール1000mlが、2フラン150円なのは、うれしいことの1つです。

  ステルホルン3428m パートナー:Wさん、Sさん

  前回は、マッターホルンに登ることを最大の目的にして、よきリーダーと天候に恵まれ、登頂を果たすことができた。次回来ることがあれば、遥か彼方に見えたモンテローザに登りたいと思っていた。

  ヨーロッパの山は大体、交通機関が発達していて、人気の山はロープウェーやケーブル、登山列車が利用できます。(だから、私はヨーロッパの山は好きになれなかったのですが、)。

  ヨーロッパの場合、一回の遠征で4000m峰を4、5座目指します。  交通の便利な山であれば、ふもとの村を早朝に出発して一日で4000mの頂上に立てますが、氷河を安全に通過するためには、できるだけ午前中の行動が要求されます。午後になると、気温が上がり、クレバスの通過が困難になります。 それに、午後は天気が変りやすく、ガスが湧いてきます。 アプローチの大きな山は、小屋泊まりとなります。元気なヨーロッパの若者は小屋近くの雪上にテントを張っていました。

  今回はモンテローザ(2泊しましたが、悪天で断念)、レンツシュピッツ〜ナーデルホルンの縦走、ヨーロッパでは縦走する人が少ない、モンブランからミディへの縦走、と3回山小屋泊しました。 

  ヨーロッパアルプスはどこもハイキングコースがしっかりしていて、家族連れや夫婦でハイキングを楽しんでいます。途中レストランがあったりします。アルプスの山並みを眺め、高山植物のお花畑を歩き、時には氷河を渡ります。

  日本から行くと初日は、登山の前の足慣らしと、高所順応にハイキングが丁度良いでしょう。その折りに目的の山と地図を合わせて確認します。今回は最初にハイキング中に見つけた形の良い3400mほどのステルホルンに登った。それでも下から歩かなければならず苦労したが、誰ひとり会わなかった。 おそらく日本人初登頂だろうと気をよくした。

  モンテローザヒュッテ                  パートナー:O、Y、S

  同じ山に登ってもルートが変ると山も変って見えます。前回登ったアラリンホルン4027m(パートナーはW、S)もホーラウヴ稜から登りました。 一般ルートよりワンランク上です。天気もよく、頂上は夏の槍ヶ岳の賑わいです。

  今回のメーンのモンテローザは、頂上からイタリア側にぬける計画でした。モンテローザ小屋までは大きな氷河を越えます。何度かクレバスを飛び越えますが、天気さえ良ければハイカーでも来れます。 昼には小奇麗な小屋に着き、テラスから、マッターホルンやモンテローザが見え、絶好のカフェテラスです。こんなところに誰かを連れてきたいと思う場所の1つです。 山小屋でも、ビールは安い〈ジョッキーで400円〉。私にとって何よりのもてなしです。 夕食もご馳走で、スープに前菜、メーンディシュ(好みでないが)、デザートにアイスクリームが出たのには感激だった。

  翌日は1:30起床で2時の朝食、日本の山にはない早さだ。夏時間で日の出は6:00、日の入りは9:00。 夜が明けるまで、ランプを付けて歩く。しかし生憎の天気で1日沈殿となる。2晩目のデザートは砂糖菓子で喰えなかった。

  次の日も回復が遅く、朝食の後4時まで土間で待機。頂上往復でもと我パーティのみ小雨の中をランプをつけて出発。 岩場を抜け7時に雪稜に出たが、小雨が降り止まず、視界悪く小屋まで引き返す。帰りの氷河帯が一変して氷の滑り台になっていてハイカーでは危険では、と思った。 その頃漸く青空が拡がりモンテローザが新雪に輝いていた。1つ山をやりのこしてしまった。
      雨の後の氷河は本当の氷だった


  ナーデルホルンへの大岩壁      パートナー:Oさん

  ザースフェーのアパートに戻り、翌日からレンツシュピッツ4294m〜ナーデルホルン4327mの縦走に出かける。 途中のミシャベル小屋の起床は、レンツに行くものは、2:45朝食、ナーデル登頂は3:15朝食と分けていた。

  3:30出発、いよいよ、マッターホルンよりワンランク上という岩場の縦走。ヘッドランプで足場を探しながら登る。 下の氷河をナーデルホルンに向かう灯りがみえる。レンツシュピッツの頂上で雲海の中から朝日が顔を出す。

  レンツシュピッツからの吊り尾根が長かった。早くもバテ気味で、小さなピークを何度も超えるが、そのたびに頂上かとパートナーに尋ねる。

  ガイド登山のパーティーも追い抜きナーデルホルンに立った。4327mからザースフェー1800mのアパートまで一気の下りだったが充実していた。

  ヴァイスミース                             パートナー:O、IWA、M、Z、Y

  翌日は休養日であったが、天気が良く返上してアルプフーベル4206m(パートナーO、M)に登る。 ここも新雪でその照り返しですっかり顔が焼けてしまった。しかし、翌日は雨でラッギンホルンは中止となった。

  翌日のヴァイスミース4023mは楽なコースだったが、セラック帯をくぐり抜けるスリリングな登山であった。 下りは仲間に麓の小屋がビヤーホールに見えるんかとからかわれるほど一気に駆け下りた。

  ヴァイスミースのセラック帯をくぐる(写真)


  シャモニへ移動

  10日からは、初めてのフランス、シャモニーに移動。賑やかさはツェルマットの比ではなかった。

  街外れの野営場にテントを張った。広いアパート住まいになれた体には窮屈であった。 高さばかりでなく、より困難さを求めて、ロッククライミングを専門にやっている人もいます。 大阪近郊のゲレンデぐらいは、街はずれに行けばいくらでもありますし、ビッグウォールもまだ、試登されてない岩場がいくらでもありますが、人気のルートに集中しています。

  シャモニのテント場にも何日も滞在してビッグウォールに挑戦している日本人がいます。 岩を少しかじった程度の私には体力と、多少の技術でまかなえる雪と岩のルートを通って頂上を目指すぐらいが丁度良い。とはいっても、ミディの南壁などを登っているクライマーを見るとやはり挑戦してみたいと思う。

  栄光のモンブラン山頂4807m〜シャモニ縦走          パートナー:O、Y、M

          モンブランの朝焼け                      頂上から雪稜を慎重に下る   

  朝一番のバスに合わすべく5時起床。ロープウェー、登山電車を乗り継ぎ、いよいよ最後の登山、モンブランの縦走、うわさのごとく、アルプスで一番高い山に登る人で数珠つなぎである。 まるで富士登山ではないか。高くて易しいとあれば誰もが一度はと思うらしい。私も縦走でなければ、それほど魅力ではなかった。

  小屋までは危なっかしい切れ落ちたクレバスのトラバースや岩登りの連続で易しいのか厳しいのか、首をかしげた。

  予約の取れなかったグーテ小屋だったが、とりあえず食堂でもと受け付けてくれた(幸い、狭くてもベッドがあたえられた)。

  ここも2:00の朝食だった。我々が小屋を出ると、もうすでにランプの明かりが列をなしていた。それでも次々と先を行くパーティーを追い抜いていく。

  頂上直下で雲間から朝日があたり雪の斜の面を赤く染めた。頂上は寒くてじっとしておれず早々と縦走にかかった。

  雪壁をお互い確保しながら下降すると、大きなクレバスがぽっかり口をあけていた。 今年は残雪が多く、例年よりもクレバスが小さく状態が良いとのことである。

  やがてモンブラン・ド・タキュールの下を巻き、ミディが近くなると、前方には針峰群が針のように突き立っている。 ミディ南壁では数組のクライマーがよじっており、しばらく見物した。

  全ての登山が終った翌日、モンブランの谷向かいの山に登った。絶好の眺めである。澄んだ山上湖があり、ほとりに若い女性が佇んでいた。 仲間が無粋にも「マドモアゼル」と声をかけたが振り返らなかった。一仕事終えて、山上のレストランのビールがうまかった。

  今度はベルニナ山群に入ってみたいと思いだしている。 行く山ごとにメンバーは替わったが、今回の私の山の同行者は、リーダーのOさん、Zさん、Yさん、Sさん、Wさん、IWAさん、Mさん、この他、山には日程の都合で同行できなかった、I夫妻の9名でした。


      山上湖のこんな光景もうれしい

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