憧れの北岳バットレス

2002・10/12〜13 晴     参加者 Oさん、Mさん、Kさん、N(私)

  重い荷物を背負って山を歩くことは苦にならず、むしろ快感だった頃、バットレスと聞いても、それほど魅力を感じなかった。

それでも、ロープを持って歩き始めたとき、人並みに穂高の滝谷や剣の八峰、北岳バットレスが、気になりだした。   縦走でどれだけリーダーをしていても、岩には通用しない。同じ山家でも岩家にコンプレックスを持っていないといったら嘘になる。

  冬山の寒さもラッセルも経験した。ロープを使わないところなら、怖いことはなかった。北岳も冬の縦走の一つだった。 歳も経験も同じ様な仲間二人で、池山吊尾根からボーコン沢、八本歯の頭を超え、北岳、間ノ岳、農鳥岳と縦した。

  23年前、正月でも雪は多かった。八本歯の下りにロープを伝って下った。ハーネスもない懸垂だった。 その前の北岳は30年前の夏だった。男女十数名の職場パーティーだった。

  出発当日、私は仕事の途中で車をおかまされ、助手席に乗っていた同僚が、軽い鞭打ちになり、上司の忠告で一人だけ残して、夜行列車で出発した。 北岳から塩見岳への縦走だった。その頃バットレスは眺めるところだった。

  ヨーロッパや、ヒマラヤ遠征を経験したものの、日本の岩場はまだまだ未知の世界である。 できれば避けて通りたいところでもある。ただ、そこをへて頂上に達するルートには魅力がある。昨年秋の北鎌から槍へ、春の北尾根から前穂へ、バットレスから北岳頂上へ。

  今回は、トレーニングもなく久しぶりのクライミング、不安は募るがベテランのO氏がリーダー、安心して、又一つ憧れの山行に胸が膨らむ。

  12日朝(快晴)広河原は登山客でごった返していた。山小屋は予約がないと泊れないと繰り返して放送している。麓は紅葉、頂上は雪化粧で絶好のロケーション。

  6:30 のんびり歩きたい気分だが、O氏の道を明けてくださいの声に次々と追い越していく。二俣にビバーク用具をデポして早速、バットレスに向かう。

  10:30 クライミングシューズに履き替えCガリーに取り付く。ベテランのO氏も難渋するようなルートだ。 後続の私は案の定、                                               草付きを踏み抜いて、ロープにぶら下がってしまった。

  第四尾根に取り付き、ようやく安定したクライミングとなる。その時、救助ヘリが我々の真上を旋回し、今にも救助隊が飛び降りそうな気配で気味が悪い。ようやく遭難者を見つけピックアップしていく。 翌日、一般登山者があやまって転落したと知らされる。

  四尾根を抜けるとスニーカーに履き替え、雪道からピークを目指す。

  17:00 頂上はもう誰もいない。夕暮れの山並みが美しい。二俣まで2時間、雪に足を取られながら八本歯のコルから谷筋に下る。

  途中ランプをつけビバーク地点に戻りツエルトを設営。ビールと軽い夕食を摂りシュラフカバーにもぐりこむ。寒くて朝が待ち遠しい。

  13日4:00起床(快晴)早々とツエルトを撤収してバットレス2度目の挑戦。1回でも充分だったが、又新たなルートへの挑戦は楽しみだった。

  6:00 二俣発 案の定、先に何パーティーも取り付いていて、昨日のルートは順番待ちだった。 O氏の判断で、Dガリーから取り付き、途中第四尾根のマッチ箱のコルに出る。最後はリッジをもう一度快適に登る。

  昨日時間に余裕がなく撮影できなかった分、今日はじっくりカメラを構えることができた。終了10:30。

  11:30 再び頂上へ、2日間で2回北岳頂上を踏んだ。頂上からは今度は肩の小屋を経て、白根御池小屋を回る。

  雪道にスニーカーが不釣合いだ。14:00 二俣のデポを撤収して、広河原に急ぐ。カラカラになった喉に冷たい谷の水が染み渡った。 ビールよりもうまい水だった。

  16:00 広河原でもう1泊の予定がそのまま帰路となる。又忘れがたい山行をさせてもらった。

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